148 元気!元気!

毎年きちんとしてて頼もしいなあ。

5月13日に播種した種が2・3日前から芽吹きだしている。今年はちょっと早かったかな。つまりはベストタイミングだったということだろう。

同じ場所で育てているとだんだんひ弱になってくることもあるように思うのだが、今年も芽吹きの勢いは逞しく否応なしに期待を寄せてしまう。

そうなってくるとこちらでもそれに応えなければならないわけで畑の整備を急ピッチで進めていかなければならない。(ううう、今日雨じゃん)

ここ3年は整備をしながら面積も広げてきたが、そろそろ開拓する場所も困難が多くなってきているから今年は面積を広げるよりは土壌の改良を試みたい。とはいえ、あまり栄養がいいと逆に実をつけなくなるらしいから注意が必要だ。

その代わり去年ひまわり畑だったところを野菜畑に仕立てていく。砂利が多いから根菜は難しいと思うが、葉物、豆類なら大丈夫か。もちろんできる限りの砂利の除去はするつもりではいるが。

今年の夏はどんな暑さなんだろう。まだ種も蒔いていないのに早収穫の姿を思い描いている。

今年も耕運機の活躍する時期がやって来たってことだ。

147 歳とったらJazz聴くぞと思っていた

心地良い疲労と余韻。

何だか知らねえがずっと大人になったらJazzを聴きたいと思っていた。それはJazzを聴きながら酒とかコーヒーとかを飲んでいる自分の姿を投影してみているだけだったのかもしれない。

恐らくきっかけとなったのはSADEの「Smooth Operator」であったと記憶している。詞の内容はさっぱりではあったがなんか心地良かった。

そんなこんなで(どんなこんなだ?w)ここ暫くは耳をJazz耳(そんな耳あるのか?w)にすべくスタンダードを聴きまくっていた。そして生を聴く機会に恵まれた。

素晴らしいステージ。その一言に尽きる。心地良さと共に自然と体が動き出す。そんなひと時であった。

思えば自分の思い描いていた格好良さを求めるでなく、今自分が聴きたいものなんだとそう思った。こんな風に敢えて求めるわけでなく自然と入ってくる音たちが本当に好めるものなんだなあ。

よく聴き知った曲では(Jazzアレンジでは初)頬を伝うものがあったんだよ。

そしてCMでよく流れていた曲と同じ声を聴いた。今その曲が何だったのかを探しあぐねているんだ。

叶わないのだけれど、できれば両耳で聴きたいと思った。とにもかくにもこの機会を与えてもらえて感謝である。

146 続・役に立つかどうかは別にして

一気に書こうと思っていたが仕事の時間があったからできなかったよ。ま、とりあえず後編。

自分が介護に携わることははっきりいって予想していなかった。母の時も妹におんぶにだっこで自分は後方支援をしているつもりでいた。

それでも同居からいきなり介護度はついたものだから少し慌てた。どうも俺は極端に走る癖がある。母にできなかった分を父に返していこうと思ったのであるが、同時に自分の生活を崩したくはなかった。

その時に書いた文章がある。

「自分は介護をしているつもりはない」というもの。それまで予備知識として自分一人が背負い込んではいけないことは知っていたからそういうことを書いたのだと思うがある意味大間違いであった。

今ではかなりできなくなっていることが増えていく中でそれでも介護自体については大変だと思うことは少ない。やらなければならないこともそう多くはないと思ってはいる。一番の苦痛はきっと30年も別々に暮らしてきた人間の生き方に共感できなかったことである。(これについては思うところがあるのだがまた後日にでも)

そんなこんなで始まったなんちゃって介護生活。

最初の頃はまだ動けていたし、いろいろなところに連れて行こうと計画した。下見に行って車椅子での移動はどうかとか、いくらかかるとか。しっかり自分も楽しむことも忘れずに。

そうこれからの人生で恐らく長いのは自分の方。その中で介護をする時間を取りながら自分も楽しむことを忘れないようにすることは非常に重要なことであるとそれは今でもそういうスタンスでいる。

まず自分のしたいことからうまく巻き込んでいく。自分が行きたいところがあったら父だったらどのような楽しみ方ができるのかを考えてみる。

ま、それも最近では思うようにいかなかったりするんだけれども。

介護は頑張っちゃいけない。日々の生活の中で自分を見失わないようにしている今日この頃なのである。